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Affichage des articles du avril, 2026

2024年4月29日(シュヴィヤール「オートフィクティフ」)

5719 人工知能、自動運転車両、太陽光によって動く人工衛星とロボット、われわれの制御を超えた情報処理プログラムたち......。わたしたちの狂った生存本能は、大急ぎで人間の生きられない世界を作らせている。 トンネルの先にあるのは、モグラのおしり。 死のうと決心し、ポケットに小石を詰めて水辺に身を投げた。しかし水面で跳ねて、跳ねて、跳ねて――まだ水切りが続いている。 -- 「 オートフィクティフ(L'Autofictif) 」は作家のエリック・シュヴィヤール(Éric Chevillard)によるブログで、2007年9月から現在に至るまで、ほぼ毎日更新されています。全アーカイヴが毎年1月に L'Arbre vengeur 社より刊行。 翻訳:稲田紘子

池田知徳さんのサイト / nouveau site d'un ami

  Halitus イタリア・ピサに留学中の池田知徳さんが個人サイトをオープンされました。詩や評論、日記など、幅広い内容を載せていかれるようです。ぜひ遊びに行ってくださいね。 Je vous invite à visiter le nouveau site web de Tomonori Ikeda, qui étudie la poésie italienne à l'école normale supérieure de Pise. Il y publie des traductions japonaises de poèmes italiens, des critiques, ou encore ses propres créations poétiques. Pour le moment en japonais, mais il pourrait écrire dans d'autres langues. En tout cas, la vitrine est belle !

淵上毛銭「構成」のフランス語訳について / A propos de la traduction de "La Composition" de Mosen Fuchigami

昨日アップした毛銭の詩の仏訳について。原詩と拙訳は以下の通り。 「構成」 人間同士って うるさいなあ。 森は 静かによりあって、 泉が こんこんと湧いている。 "La Composition" Quel bruit des hommes les uns les autres  Tandis que les bois se côtoient placidement, où jaillit une source intarissable. ・抽象名詞の題といい「森」といい、ボードレールの「万物照応(Correspondances)」を思わせるが、内容的にも形式的にもずっとシンプルな詩。タイトルの「構成」は素直に単数の定冠詞をつけて「La Composition」とする。 ・「人間同士って/うるさいなあ。」: 終助詞の「なあ」は、「感嘆形容詞(adjectif exclamatif)」を使って「Quel bruit(なんて騒音だ)」と訳すことにする。問題は最後の句点をどうするか。フランス語の感嘆文にはふつうpoint d'exclamation (! 感嘆符)が付くけれど、ちょっと大袈裟な感じがする(あるいはわたしがこれを「びっくり」マークと思いすぎなのか)。日本語の終助詞の微妙さ。ちなみに俳句の切れ字(「や」「かな」「けり」など)を訳すのにはしばしばtiret(—)が使われるが、これもしっくりこず、かといって句点を置いてしまうとフランス語としてかなり不自然になる気がしたので、結局何も付けないことにして、次の連のTandis queを大文字で始めることでふわっと切れるようにした(変だったら教えてください)。ポワン・ヴィルギュル(;)を使ってtandis queを引っ込める形でもよかったかもしれない。 ・「森は/静かによりあって、」: 副助詞の「は」を「tandis que」として、対比の意味を強調した。よくみると変わった日本語。森というのは木がよりあったものであって、「森」と「よりあう」は厳密には主述関係にはならないはずである。しかし、「Dans la forêt, les arbres...(森では、木が・・・)」などとするのは訳しすぎだろう。具体的に何「が」よりあっているのかはよく分からないのだ。「森は」のあとの改行は、森を「構成」する有象...

La Composition / Mosen Fuchigami

LA COMPOSITION Mosen Fuchigami Quel bruit des hommes les uns les autres Tandis que les bois se tiennent côte à côte, tranquillement, où jaillit une source intarissable. -- Mosen Fuchigami 淵上 毛錢 (1915-1950) Né à Minamata, dans la préfecture de Kumamoto. Tombé malade d’une carie de l’épine dorsale à l’âge de vingt ans, il devient grabataire et commence à écrire des poèmes. Ceux-ci sont publiés dans des revues littéraires, ainsi que dans deux recueils : La Naissance (1943) et Le Recueil (1947). Traduction par Hiroko Inada

2010年4月22日(シュヴィヤール「オートフィクティフ」)

875 精神分析家による有料セッションと売春婦のショート・タイムの状況的な類似がよく指摘される。じっさい、混同が生じかねない。というのは、患者については分析家に対して愛情的、さらにはエロティックな転移を行うことが問題なのだとすれば、売春婦のほうは客が自分に求めているのは結局、話を聞いてもらうことと心理学的な癒やしだと言うだろうからだ。もう誰に何を求めて会いに行ったら良いのやら。 作家の全ての作品を凝縮したような、あるいはその沈殿物であるような本がある。その原理、言い回し、こだわりや手法のすべてを同時に集約し、増幅させているような本だーーしばしばうんざりするほどに。強引に型にはめるようにして生み出されたこれらの作品はたしかに、代表作や極致というよりもむしろ、息苦しく戯画的でパロディー的な機械に近い。たとえば「従姉ベット」には、バルザックの名作小説を構成するあらゆるテーマ、劇的・文体的な効果が見いだされるが、まさにそのバルザックらしさの過剰がゆえに、バルザック的なものの反復・誇張・詰め込みによって、滑稽さに陥ってしまっている。 私は断章やアフォリズム、日記を書く作家連中を心の底から嫌っている。延々と文句を言い、慢性的に満たされず、断定的でけんか腰なやつらだ。あいつらは何も好きじゃないんだ。 -- いよいよ今週末は「 ことばのたび社文学祭 」です。関西のみなさま、ぜひお越しください。 「 オートフィクティフ(L'Autofictif) 」は作家のエリック・シュヴィヤール(Éric Chevillard)によるブログで、2007年9月から現在に至るまで、ほぼ毎日更新されています。全アーカイヴが毎年1月に L'Arbre vengeur 社より刊行。 翻訳:稲田紘子

2022年4月15日(シュヴィヤール「オートフィクティフ」)

5010 海を漂うビニール袋は、それをクラゲと見間違えた幾千ものウミガメや肉食魚を殺している。この悲惨な取り違えはしかし、わたしたちに進むべき道を示してはいないだろうか? 死をもたらすこの袋の生産を金輪際やめ、今後は買った物を入れるのに、専用の養殖池で特別に育てられたクラゲを使おうではないか。自然の教訓はけっして無駄にならない。 孤独者、世界をシェアする同居人募集。 塩山が私の上に崩れ落ちてきたとき、悔いはひとつしかなかった。自分が波に呑まれて死ぬのか、雪崩に埋まって死ぬのか知らないことだ。 -- エリック・シュヴィヤール(Éric Chevillard)のブログ「オートフィクティフ(L'Autofictif)」は こちら L'Arbre vengeur社刊行のバックナンバーは こちら 翻訳 稲田紘子

2025年4月8日(シュヴィヤール「オートフィクティフ」)

5846 上の階にたどりついた階段が、もうこれより上には行けないことを理解していないときの、宙に浮いた瞬間がある。それは足踏みし、むなしく空を蹴る。そして、このあまりの平坦さを受け入れられず、たいていの場合、再び降りていくことを選ぶ。 にわか雨が消し去ろうとした火を守ろうと被せて消してしまう、あの覆いの無用さ。 碁の師匠 この阿呆 碁盤 ゴバン が すべり台 トボガン に -- エリック・シュヴィヤール(Éric Chevillard)のブログ「オートフィクティフ(L'Autofictif)」は こちら L'Arbre vengeur社刊行のバックナンバーは こちら 翻訳 稲田紘子

Une dactylo / Yasuhiro Yotsumoto

UNE DACTYLO Yotsumoto Yasuhiro — Je sais que le procès-verbal doit être rédigé de manière concise, limité sur les points principaux mais je voudrais noter le rire discret que vous avez laissé échapper ainsi que la mauvaise haleine qui a flotté un instant avant de s’évaporer aussitôt et vous, monsieur le chef du service achats, j’aimerais bien enregistrer le silence froid qui vous a entouré pendant que vous bafouilliez en commettant une erreur de chiffre. Laissez-moi au moins inscrire vos regards rapides qui ont porté unanimement sur l’aine de mes jambes recroisées et cet éclat de rire, comme sur ordre, qui commence et finit tous ensemble. Et excusez-moi d’évoquer des sujets personnels mais si c’est possible la scène ayant effleuré mon esprit quand je faisais la sténographie, celle où la ligne Marunouchi, sortant de la station de Yotsuya, rentre sous terre sans bruit je me demande si tout cela n’a vraiment rien à voir avec le contenu de la réunion Si oui notre existence elle-même n’aura...

朗読イベントのお知らせ

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4月25日・26日に、大阪・十三の私設図書館「みんなの図書さいくる」にて、毎年恒例の「ことばのたび社文学祭」が行われます。昨年9月刊行の『 翻訳文学紀行Ⅶ 』に収録された作品の朗読イベントということで、わたしもシュヴィヤール『ハリネズミについて』の訳者として、(フランス留学中のため)オンラインで出演します。朗読は俳優の川島むーさん。 くわしくはこちらのリンクから。   ことばのたび社文学祭(3/22(日)@ほんの入り口/4/25(土), 26(日)@みんなの図書館さいくる) – ことばのたび社

2018年4月1日(シュヴィヤール「オートフィクティフ」)

3606 彼は再発進しなかった。彼の車のせいで交通は止まる。渋滞がすぐにあらゆる大通りを埋め尽くし、やがて脇道にまで及んだ。こうして国全体が麻痺し、経済活動はそれによって深刻な被害を受けた。彼は尋問を受ける。 「仕方ないじゃないですか」彼は運転席に座ったまま、窓に肘をついてそっけなく言った――「信号が青に変わったとき、ただ行きたくないと思ったんです」 春には俳句も 膝を出す ヴィーガンになるよう彼を説得し、それから彼のプレイヤード叢書*を全部引き取った。 -- *ガリマール社刊行の文学全集で、革張りの高級な装丁が特徴。 シュヴィヤールの新作小説「 Jaune soleil 」ならびに「Monotobio」 文庫新装版 がミニュイより発売中。 エリック・シュヴィヤール(Éric Chevillard)のブログ「オートフィクティフ(L'Autofictif)」は こちら L'Arbre vengeur社刊行のバックナンバーは こちら 翻訳 稲田紘子