2011年6月10日(シュヴィヤール「オートフィクティフ」)
1266 来年度スジが保育園に席を得るために私の住む街の街頭で組織されたデモは、まったく閑散としたありさまだった。というのも集まったのはーー落胆した主催者らによる算出はめずらしく、それを嘲笑う警察のものと一致したーー2人だけだったのだ。わが近隣住民たちの政治的了見のなさ、もっとも正当な言い分に対する彼らの無関心といったら、はっきり言わせてもらおう、じつに嘆かわしく深刻な問題である。 作家の同情とは、彼の皮肉の猥褻なかたちである。 「大切な人を失う」とは、それが言っているようにみえることとほぼ真逆の意味をもつ的外れな表現だ。というのは反対に私たちは寝てもさめても、そしてまったくもって絶望的なことに、その人の居どころを思い知ることになるからだ。 - - 「 オートフィクティフ(L'Autofictif) 」は作家のエリック・シュヴィヤール(Éric Chevillard)によるブログで、2007年9月から現在に至るまで、ほぼ毎日更新されています。全アーカイヴが毎年1月に L'Arbre vengeur 社より刊行。 翻訳:稲田紘子