2025年8月12日(シュヴィヤール「オートフィクティフ」)
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私は間違っていた、後悔している。いつも夏になると私の足を第二の皮膚のように包んでくれた、しなやかだが丈夫な布のサンダルを、革のサンダルに取り替えたいと思うだなんて。そうすればーーなんと浅はかな!ーー何度も履くうちに生地が伸びて脱げてしまうという、布サンダル唯一の不便から解放されるだろうなどと考えていたのだ。
たしかにこの点において、私の見立ては正しかった。当て布や補強材をあちこち縫い込んだ革のサンダルは、伸びない。いやもう全く。これっぽっちも、1ミリだって伸びないのである。そして私の足はその中で窒息寸前、かかとは擦りむけ、つま先は腫れ上がり、7月14日革命記念日の舞踏会が行われる市庁舎前広場よりもきらきらと輝く水ぶくれで覆われた。もっとも私が踊ることはない。一歩歩くのだって苦痛だからである。
一歩踏み出すごとに叫ばずにはいられない。後悔。もう同じことは繰り返すまい。この傷が治り次第また、しなやかで丈夫な布のサンダルに足を滑り込ませるつもりだ。そして、それがまた伸びはじめたとき、私はみずからが許されたのを知るだろう。
私は間違っていた、後悔している。いつも夏になると私の足を第二の皮膚のように包んでくれた、しなやかだが丈夫な布のサンダルを、革のサンダルに取り替えたいと思うだなんて。そうすればーーなんと浅はかな!ーー何度も履くうちに生地が伸びて脱げてしまうという、布サンダル唯一の不便から解放されるだろうなどと考えていたのだ。
たしかにこの点において、私の見立ては正しかった。当て布や補強材をあちこち縫い込んだ革のサンダルは、伸びない。いやもう全く。これっぽっちも、1ミリだって伸びないのである。そして私の足はその中で窒息寸前、かかとは擦りむけ、つま先は腫れ上がり、7月14日革命記念日の舞踏会が行われる市庁舎前広場よりもきらきらと輝く水ぶくれで覆われた。もっとも私が踊ることはない。一歩歩くのだって苦痛だからである。
一歩踏み出すごとに叫ばずにはいられない。後悔。もう同じことは繰り返すまい。この傷が治り次第また、しなやかで丈夫な布のサンダルに足を滑り込ませるつもりだ。そして、それがまた伸びはじめたとき、私はみずからが許されたのを知るだろう。
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「オートフィクティフ(L'Autofictif)」は作家のエリック・シュヴィヤール(Éric Chevillard)によるブログで、2007年9月から現在に至るまで、ほぼ毎日更新されています。全アーカイヴが毎年1月にL'Arbre vengeur社より刊行。
翻訳:稲田紘子