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2020年3月18日(シュヴィヤール「オートフィクティフ」

4288 自宅待機の日記(5日目)。石鹸が切れはじめた。砂や灰で体を洗うことをおぼえる。しかしわれわれは、植物についての直観知を失ってしまった。アガットはイラクサで体をこすってひどい炎症を負った。 「あなたにぼくの本を託したいと思います。なぜかというと、少なくともあなたがたの会社から出せば、だれも読むことはないと確信しているからです」と、アンリ・ミショーはファタ・モルガナ社の創業者であるブリュノ・ロワに言っていた。賢い考えだとつくづく感心し、それ以来ずっと、自分の出版戦略の参考にさせてもらっている。私が本を出すときには、出版の季節を選び、本のタイトルや売り文句を十分とっつきにくく退屈そうなものにすることで、しばしば好意的すぎるうえにばかみたいに好奇心旺盛で、むやみに首やら手やらをつっこんでくる読者の気を挫くよう気をくばる。この戦略は実にうまくいっていたのだが、この春の新刊シーズンに『モノトビオ』が出て、そのすばらしいタイトル、楽しげな物語のせいで、ついに私のライフワーク全体が危うくなりかけたのである。そこへタイミングよく下された書店の休業命令が、私の企てを救ってくれた。 (危ないところだった、『モノトビオ』はすでに12部、「国民の生活に不可欠ではない」書店で、文字通り飛ぶように売れてしまっていたのだから——われわれの大統領が実によく吟味した言葉を借りれば。) -- シュヴィヤールの新作小説「 Jaune soleil 」ならびに「Monotobio」 文庫新装版 がミニュイより発売中。 エリック・シュヴィヤール(Éric Chevillard)のブログ「オートフィクティフ(L'Autofictif)」は こちら L'Arbre vengeur社刊行のバックナンバーは こちら 翻訳 稲田紘子

La Comptabilité / Yasuhiro Yotsumoto

LA COMPTABILITÉ Yasuhiro Yotsumoto Imagine d’abord une lande interminable qui s’étend devant tes yeux Ensuite, dessine une ligne droite à partir de tes pieds vers l’horizon Regarde ! c’est le monde dans son entier, et la ligne de partage des eaux qui le divise. Tous les facteurs qu’il englobe doivent maintenir la parfaite balance entre les deux côtés de cette ligne Bref, la droite et la gauche, tel est le principe Alors, tu places à gauche ce que tu possèdes  à droite les dettes découlant de cette acquisition Par exemple : le plaisir et la reproduction, la beauté et le poison, Vivre maintenant et mourir dans l’avenir. Un jeune zelkova et les mémoires perdues. Il ne faut surtout pas introduire une notion comme le chaos, car le monde est enfin en train d’acquérir l’ordre. Tout ce qui ne convient pas à ce système, chasse-le, au-delà de l’horizon même si c’était toi-même. ( Un bug qui rit , 1991) Yasuhiro Yotsumoto  (四元康祐, né en 1959) est un poète japonais. C’est après son install...

2019年3月11日(シュヴィヤール「オートフィクティフ」)

3933 昨日の夜、手帳をどこに忘れたかしら? 劇場の座席の下? そのあと夕食をとった日本食レストラン? 家まで送ってくれた友人の車の中? 劇場の留守番電話に伝言を残し、自転車でレストランまで向かった。 レストランの給仕は私を覚えていて、にこやかに手帳を差し出してくれた! 帰ると友人が玄関の前にいて、わざわざ手帳を届けにきてくれたというではないか。そして劇場からも留守電が入っていて、手帳はたしかに私の座席の下にあったので、受付まで取りにきてください、というのだ。 ふう! 手帳をなくしていたらもっと大変なことになるところだった、今読んでもらったこの小話が書きとめてあるんだから。 -- シュヴィヤールの新作小説「 Jaune soleil 」ならびに「Monotobio」 文庫新装版 がミニュイより発売中。 エリック・シュヴィヤール(Éric Chevillard)のブログ「オートフィクティフ(L'Autofictif)」は こちら L'Arbre vengeur社刊行のバックナンバーは こちら 翻訳 稲田紘子

Journal de la traductrice / 翻訳日記 (0)

* Je suis traductrice et voici mon journal de traduction, mais je voudrais prendre ici le mot traduction au sens très large, au sens si large que je risque de parler d’un peu n’importe quelle transposition langagière, culturelle ou existentielle, voire même économique, par exemple, pourquoi pas, d’un taux de change catastrophique du yen par rapport à l’euro ? Ou peut-être devrais-je appeler cela une traduction de journal, puisqu’en fin de compte, il ne s’agirait que d’une transcription en français de ce que j’ai vécu en japonais ? Vivant en France depuis six mois, je lis, écoute, parle et écris quotidiennement en français et pourtant, cette impression de ne pas vivre pleinement dans cette langue me tourmente toujours, mais hélas, pourquoi est-ce que je ne prononce pas comme Guillaume Gallienne ou Christophe Montenez, et je n’écris pas comme…… 「翻訳日記」というものを始めました。現在進めている訳書の進捗状況や翻訳をしていて思ったことなどについてときどき記録します。

Le Train du printemps / Mosen Fuchigami

 LE TRAIN DU PRINTEMPS Mosen Fuchigami Il vaut mieux qu'au printemps, le train soit lent. -- Mosen Fuchigami 淵上 毛錢 (1915-1950) Né à Minamata, dans la préfecture de Kumamoto. Tombé malade d’une carie de l’épine dorsale à l’âge de vingt ans, il devient grabataire et commence à écrire des poèmes. Ceux-ci sont publiés dans des revues littéraires, ainsi que dans deux recueils : La Naissance (1943) et Le Recueil (1947). Traduction par Hiroko Inada

2022年3月4日(シュヴィヤール「オートフィクティフ」)

4968 老いるということ、それはもしかすると、きみがもはや好きではなく、理解もできなくなってしまった世界を逃れるための巧妙な策略にすぎないのだろうか? そのとき時間は、きみが駆り立てるたくましい馬となり、きみをこの地獄に永遠に閉じ込めるあの不死の法則が発見されてしまう前に、出口にたどり着くようにしてくれるのだ。 インターネット利用者がいくつかのサイトで実施を求められる、自分がロボットでないことを証明するあのちょっとしたテストは、まさしくどんなロボットにもこなせてしまうように思えてならない。ところで偶然だとは思うが、私の口座からかなりの額が引き落とされているのに気づいたその日、私の電動野菜皮むき器がうれしそうに真新しい帽子をかぶっていた。 木食いのゾウムシはホクホクともみ手している。さっきピノキオが大うそを吐いたのである。 -- 2026年3月5日、シュヴィヤールの新作小説「 Jaune soleil 」ならびに「Monotobio」 文庫新装版 がミニュイより発売予定。 エリック・シュヴィヤール(Éric Chevillard)のブログ「オートフィクティフ(L'Autofictif)」は こちら L'Arbre vengeur社刊行のバックナンバーは こちら 翻訳 稲田紘子

Accueil / Yasuhiro Yotsumoto

ACCUEIL Yasuhiro Yotsumoto La réunion a lieu au dernier étage Or je regrette de vous informer que l’ascenseur est en panne maintenant je vous prie donc de bien vouloir utiliser l’escalier de secours là-bas Je ne saurais vous dire quel étage est le dernier, cependant je voudrais simplement vous avertir qu’il y aura  sur le chemin de nombreuses difficultés vous attendant L’une des marches de l'escalier vous mènera à la zone bidonvilloise de New Delhi Une autre au désert affamé du Mozambique les deux cas vous rendant impossible d’assister à la réunion A cela s’ajoutent une bande d’insectes hypertrophiés, celle de plantes crachant partout de l’acide et une troupe de morts dépravés en bêtes qui semblent s’apprêter à fondre sur leurs proies, se cachant dans l’obscurité Oh, frémissez-vous d'excitation ? Sachez que vous avez les yeux émettant la lumière d’une forte volonté et le front qui recèle le pouvoir d’une raison limpide N’ayez crainte, tous les administrateurs ainsi que le prési...

2012年2月25日(シュヴィヤール「オートフィクティフ」)

1503 あるところに、ヌーのあまりに堅く、筋肉質な肉を好まない大蛇がいた。ヌーの大群が川を横切った時にも、彼の兄弟やいとこたちはごちそうにありついていたのに、彼は泥と血の入り混じる水中でじっと動かず、ただ眉間に皺を寄せるのだった。 ヌーたちは蛇の態度を誤解し、それを寛大さによるものと思い込んだ。そして、哀れみと優しさによって肉食の本能を押さえ込んだのだ、と心打たれたのである。 その時だった、荒れ狂う水流から突如生まれた波のように、蛇はヌーの群れの真ん中にひょっこりと顔を出し、容赦ない両顎でもってこの愚かな獣たちの一匹をがぶりとやったのである――すっかり態度を軟化させていたのだ。 -- 2026年3月5日、シュヴィヤールの新作小説「 Jaune soleil 」ならびに「Monotobio」 文庫新装版 がミニュイより発売予定。 エリック・シュヴィヤール(Éric Chevillard)のブログ「オートフィクティフ(L'Autofictif)」は こちら L'Arbre vengeur社刊行のバックナンバーは こちら 翻訳 稲田紘子

2026年2月18日(シュヴィヤール「オートフィクティフ」)

6144 三十冊もの本を書き、生涯にわたり自分自身を映す鏡のような唯一無二の作品集を作り上げた彼――沈黙を愛し、そしてなにより希少な言葉を大切にした私の義父、 ブリュノ・ドュボルゲル *がこの世を去ったと認めろだって? そんなの信じるもんか! 「とにかく」はお喋り好きがお気に入りの口癖である。 頁はめくられる。いつも通りの、当たり前のことだ。わたしたちが愛するあらゆる文学がそこに印刷されているのでなければ、そのことを嘆く理由もないだろう。 -- *ブリュノ・ドュボルゲル氏はジャン・モネ・サン=テティエンヌ大学で美学・芸術学の教授を務め、イコンおよびイコノクラスムの問題、カジミール・マレーヴィチやピエール・スラージュをはじめとする近現代画家、子どもの絵の分析などをめぐって三十近くの著作を残した。 翻訳者は、彼の最後の著作となった「Philippe Favier : Image en clef de Mozart」(2025年)の刊行記念の会にて少しお話ししたのが、生前にお会いする最初で最後の機会となった。 2026年3月5日、シュヴィヤールの新作小説「 Jaune soleil 」ならびに「Monotobio」 文庫新装版 がミニュイより発売予定。 エリック・シュヴィヤール(Éric Chevillard)のブログ「オートフィクティフ(L'Autofictif)」は こちら L'Arbre vengeur社刊行のバックナンバーは こちら 翻訳 稲田紘子

2015年2月11日(シュヴィヤール「オートフィクティフ」)

2516 文学――読むことも書くことも――が、そこに身を捧げる者を吐きそうなまでにうんざりさせる日々が大いにある。ところが、文学の一切をおもいきり厄介払いしようとするとき、彼は気づく――まさにその理由で書物のトンネルの中に身を投じたあの日以来、何も変わっていないということに。外の世界はもっとひどいし、退屈はあらゆるものに錆のようにこびりついているのだ。 「パパを殺してママと寝たんだ」 「心安らかに行きなさい。全ては赦されました」 告解室での治療が寝椅子のそれよりも素早く効果的であることは認めざるをえない。 私は手当たりしだい何でも利用する*――その結果、自分が座っている枝まで切り落とす羽目になるのだが。 -- *「faire flèche de tout bois(あらゆる木片から矢を作る)」。「あらゆる手段にうったえる」の意味の慣用表現。 2026年3月5日、シュヴィヤールの新作小説「 Jaune soleil 」ならびに「Monotobio」 文庫新装版 がミニュイより発売予定。 エリック・シュヴィヤール(Éric Chevillard)のブログ「オートフィクティフ(L'Autofictif)」は こちら L'Arbre vengeur社刊行のバックナンバーは こちら 翻訳 稲田紘子

2009年2月4日(シュヴィヤール「オートフィクティフ」)

468 きのう、私は自伝を読み返した。なんて面白い物語なんだろう! 掛け値なしに、この本がずっと終わらないでほしいくらいだ。 ランの花と女性器が似ているとあんなによく言われるのは、いったいどういうわけだろうと不思議に思っていた――実際に私の小さなジョウロが、むくりとたちあがる日がくるまでは。 作家が死ぬたび、奇妙な反射神経が人々を書店に走らせる。突如として彼の本が読みたくて読みた……あれ……失礼……ああ頭が……心臓が……あああああ……ぱたり -- エリック・シュヴィヤール(Éric Chevillard)のブログ「オートフィクティフ(L'Autofictif)」は こちら L'Arbre vengeur社刊行のバックナンバーは こちら 翻訳 稲田紘子

2015年1月28日(シュヴィヤール「オートフィクティフ」)

2502 ああ、燃えたぎる若さ、何ものにも止められないあの狂奔よ! 若き日の放埒の記憶が入り乱れながら、堰を切ったように思い出される・・・・・・私は狂っていた! 日中バルザックを二冊もむさぼったあとは、ひと晩中飽くことなく『失われた時』を読みふけるなんて。大胆すぎる! もうあんなことはできまい! カフェにて、おしゃべりな年金暮らしの老人たちが二人してクロスワード・パズルをやっている。隣のテーブルに座っている私はそのせいで、自分の言葉をまっすぐ並べるのにちょっと苦労している。 甘い口づけによってついに目覚めた眠れる森の美女は、少しお尻が痛いわと訴えた。すてきな王子様は視線を落としつつささやいた――「あらゆる手を尽くさなきゃならなかったんだ・・・」 -- エリック・シュヴィヤール(Éric Chevillard)のブログ「オートフィクティフ(L'Autofictif)」は こちら L'Arbre vengeur社刊行のバックナンバーは こちら 翻訳 稲田紘子

Nakahara à Paris / Yasuhiro Yotsumoto

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NAKAHARA À PARIS Yasuhiro Yotsumoto Au musée du Louvre, sur le palier sombre d’un escalier, je fus arrêté par un homme portant un melon bas, un manteau noir, d’une taille presque d’enfant. « Je m’appelle Chûya Nakahara*. Et toi, monsieur, c’est quoi ton nom ? Marchons un peu et partageons chacun nos idées sur la vie » Drôle de chose qu’un homme mort depuis plus d’un demi-siècle donne ses idées sur la vie, mais bon nous sortons tous les deux de la pyramide vitrée Il serait naturel que, pour Nakahara qui ne vécut que trente ans  je paraisse un peu vieux au milieu de la quarantaine Nous nous sommes dirigés vers Saint-Germain, sur la rive de la Seine de plus en plus crépusculaire La grande roue qui illustra le millénaire avait été enlevée au XXIᵉ siècle Nakahara qui n'atteint que mon épaule malgré ma petite taille me suit parfois en trottinant pourtant d’un air bien fier « Tu te présentais comme un dadaïste, mais tu visais moins à tout nier et à tout détruire qu’à extraire les couches ...

2019年1月21日(シュヴィヤール「オートフィクティフ」)

 3854 二人の飢えた男が大通りを歩いていた。とつぜん、なんたる幸運だろうか、一羽のガチョウが通りかかり、二人はそれを捕まえて首をひねった。さあ、分け合って食べよう、というところであった。しかし、二人のうちより力が強く、またより卑しくもあるほうの男は、ガチョウの羽をむしり終えるとその羽を仲間に差し出して言った――「ほら、おまえの半分だよ」――そして鳥を全て平らげてしまったのである。 ところがこの話には教訓がある。というのは、分け前として羽をもらったほうの男は、それを使って傑出した詩を書き、すばらしい小説を生み出したのである。 しかしながら彼は空腹のままである。 -- エリック・シュヴィヤール(Éric Chevillard)のブログ「オートフィクティフ(L'Autofictif)」は こちら L'Arbre vengeur社刊行のバックナンバーは こちら 翻訳 稲田紘子

2026年1月14日(シュヴィヤール「オートフィクティフ」)

 6111 「オートフィクティフ」の一番目のノート。 「オートフィクティフ」の二番目のノート。 「オートフィクティフ」の三番目のノート。よし、もうスクロールを止めて大丈夫ですよ。 -- エリック・シュヴィヤール(Éric Chevillard)のブログ「オートフィクティフ(L'Autofictif)」は こちら L'Arbre vengeur社刊行のバックナンバーは こちら 翻訳 稲田紘子

2026年1月12日(シュヴィヤール「オートフィクティフ」)

2026年1月12日 いまや世界は、頭のおかしい呑んだくれの暴君によって治められるようになってしまったようだ。そいつの采配のもとで崩壊寸前の地球を、武装闘争が血でぬらし、せり上がる最後の波が呑みこんで消しさっていく。いっぽうのわれわれは自分たちの知性をロボットに明け渡し、ただ愚かであることに腐心しさえすればよいというのだ。 ところが文学のほうはといえば、すっかり優等生になってしまった。大義のために闘い、行きすぎには気をつけ、教訓のための寓話を提供し、罪をあがなってくれる。ハゲワシにとっての死体以上にちょうどよく読者にお供えされている今日の文学は、家族の絆を回復し、わたしたちに寄り添ってくれ、癒やしの効果まであるのだ。 まったく・・・・・・本当は逆のはずではなかったか? 世界は賢さと分別、公正さをもって治めるのがよく、そして文学においては、禁じられることは何もなく、どんなイマジネーション、馬鹿馬鹿しさ、ファンタジー、暗黒趣味、あらゆる狂気さえも、やりすぎということはないはずではないか? というわけで物事を本来あるべき位置に戻すことにしよう。トランプとプーチン、金正恩には執筆をさせておき、作家たちにこの世界を上手に管理してもらうことにしよう。 -- エリック・シュヴィヤール(Éric Chevillard)のブログ「オートフィクティフ(L'Autofictif)」は こちら L'Arbre vengeur社刊行のバックナンバーは こちら 翻訳 稲田紘子

2025年1月7日(シュヴィヤール「オートフィクティフ」)

2025年1月7日 製菓業界の金の延べ棒キャンペーンの話*をもう少しだけさせてほしい。キリスト教の祝祭の趣旨に反した金もうけ主義の企画と思われるかもしれないが、しかし新約聖書には、東方三博士が生誕の贈り物として、神の子に、幼子イエスに捧げたのは乳香、没薬、そして黄金だとはっきり書いてある。そう、黄金であってフランジパーヌじゃないのだ。 こうして聖書の文字通りの読解に立ち戻ったことはむしろ、われらが敬虔なパティシエたちの功績といわねばなるまい――自由奔放な聖典解釈があふれるこの時代に。 ただ心配なのは、ルリジューズとサントノレ**がこの厳格な遵守のせいで被害をこうむらないか、クリームが廃止されて代わりに没薬が使われるなんてことにならないか、ということである。 --  * 前日の投稿で、1月6日の公現祭(幼子イエスへの東方三博士の訪問を記念するキリスト教の祝日)に食べられるガレット・デ・ロワ(パイ生地のなかにフランジパーヌと呼ばれるクリームを入れて焼いたケーキ。「王たちの菓子」という意味で、王とは東方三博士rois magesのこと)の中に、通常フェーヴと呼ばれる小さな陶器製の人形などを入れるところ、445ユーロ相当の金のミニ延べ棒入りの「当たり」を混ぜて販売するというキャンペーンについて言及していた。 ** ルリジューズとサントノレはフランスの伝統菓子で、ルリジューズは「修道女」の意味、サントノレは聖オノレにちなむ。 エリック・シュヴィヤール(Éric Chevillard)のブログ「オートフィクティフ(L'Autofictif)」は こちら L'Arbre vengeur社刊行のバックナンバーは こちら 翻訳 稲田紘子

2017年12月31日(シュヴィヤール「オートフィクティフ」)

2017年12月31日 年越しの宴に招待された道化師は、テーブルの上でデリケートな話題に足を突っ込んだときに誰にも汁がはねないよう、玄関で靴を脱いでおいた。 この滑らかすぎる表面の後ろに、何かが隠されていると思っていた。自分自身が複数存在し、しかしその分身が皆似たような姿であることを暴くためには、鏡を打ち砕く必要があったのである。 フォーヴィスムの前に点描主義がある。奇妙にも豹が生まれたのはそういうわけだ。 -- エリック・シュヴィヤール(Éric Chevillard)のブログ「オートフィクティフ(L'Autofictif)」は こちら L'Arbre vengeur社刊行のバックナンバーは こちら 翻訳 稲田紘子

Nationalité inconnue / Mosen Fuchigami

NATIONALITÉ INCONNUE Mosen Fuchigami Cette drôle de femme prétendant  avoir mangé sa solitude en tempura m’a suggéré qu’elle n’avait pas encore connu d’homme. De toute façon, il m’a semblé   qu’elle n’avait pas assez de solitude pour en faire une tempura. Peut-être une tempura de renard ou de tanuki qu’elle aurait avalée. La voici soudain avec, dans les bras, un bébé métis de nationalité inconnue. Ce qui lui aurait appris enfin la solitude, il y avait là vraiment quelque chose d'impressionnant, je lui dis : – Ne la mange plus en tempura. Or cette femme vive répondit, mais quelle effronterie : – Cette fois j’en ferai des tempuras ! Traduction par Hiroko Inada

2015年12月24日(シュヴィヤール 「オートフィクティフ」)

2015年12月24日 スジ「サンタさんは、いるか、いないかとしましょう。でもどっち側に傾いたらいいのかしら? 理性はここじゃ何にも決められない。わたしたちを隔てる無限の混沌があるんだから。そう、でも賭けなきゃいけないの。サンタさんはいるってことにして、損と得とを計ってみましょ。もし勝ったら丸もうけだし、負けたとしてもなにも失うものはないわ。だからためらわずに、サンタさんがいるほうに賭けることよ」 そのガチョウに餌を詰め込むのに使われた漏斗を、フォアグラと一緒に販売すべきだろう。 私は共犯者のような気持ちで娘たちのばかなおもちゃや馴染みの小物を眺める。そこにはすでに、彼女たちの将来のノスタルジーの形があるのだ。 -- ※「スジ」は作家の次女。ちなみに「パスカルの賭け」のパロディ。 エリック・シュヴィヤール(Éric Chevillard)のブログ「オートフィクティフ(L'Autofictif)」は こちら L'Arbre vengeur社刊行のバックナンバーは こちら 翻訳 稲田紘子